JAあいち豊田について

平成31年3月号 大震災とJA女性部の炊き出し

2019.03.11

 東日本大震災から8年、いまだ行方不明の方が2500人以上です。

 以前のこのコラムでも、大震災の時に、JA岩手花巻では農協と地域をあげて、被災地の人々に「炊き出し」という形で支援したことをこのコラムに次のように書き込みました。

 

「大津波の被害にあった海岸地区に対して『米一升運動』を地域に呼び掛けた。そして、いち早く被災地にコメを届け、女性部が炊き出しをした」

「コメを一升ずつ集めて回ったのは、農家組合(愛知県でいえば農事組合、生産組合のこと)だった。一升のコメが班単位に集まり、支店単位に集まり、5日間で33㌧、最終46㌧集まった。女性部の炊き出しが連日続いたのは言うまでもない」

「なぜ一軒ずつ回り、集めたのか・・・それは『みんなの思いも一緒に届けたかったからだ』と高橋組合長の談。私は、こういう農協にしたい、こういう組合長になりたいと、何度も職員や組合員にも話した。今でもそう思っている・・・・と」

 

 今、JAあいち豊田の女性部の皆さんは、毎年各地で開催されるJAふれあい祭りや、農業体験イベントの数多くの会場で、とん汁やおにぎりの炊き出しをし、来場した組合員に大好評です。

 

 この炊き出し、村祭りの餅つき、ふるまいは、なんのために今日まで継続、続けられているのか。それは、非常事態の時の「助け合い活動、食事の共同作業の予行演習」をお祭りという形で続けられているのだと確信しています。

 この予行演習がなければ、まず道具が揃わない、作る料理のレシピもない。おおむねの役割分担もない。何よりも、人の動員もできないことになる。

 

 私は、女性部の皆さんに、この炊き出し、ふるまいは何かあった時の予行演習でもあるのですよ。その時はお願いしますね。とよく声をかけています。

 

 ところが、最近では、各地域でのお祭りに、ふるまいや炊き出しが衛生面の理由でどんどん中止になっています。とても残念です。

 私の住んでいる中田町では、稲沢市の国府宮の流れをくんだミニ裸祭が、毎年盛大に開催されています。この祭りでのふるまい餅も、市販の餅に代わってしまいました。残念です。